2009年6月29日 (月)

368 尊良親王と恒良親王・敦賀の金崎城

Soui ◆16-210701レンズも震える霊能者の写真は

 哀れに写る。 浄霊師簡単プロフィール

心霊相談サイト

 

 福井県に来た、有名な気比神社をお参りし、海べりから山

に入った霊能者、宗優子と浄霊師、神島剣二郎は静寂の中

で幼くして政争の犠牲になり散っていった幼い皇子の声を

聞いた気がして瞠目した。兵庫県、湊川にも霊能者と浄霊師

はロケで行っていた。簡単に南北朝の戦い、金崎城のことを

書くと、

 天皇が南北朝に別れ、北朝の足利尊氏に南朝が兵庫県の

湊川で敗れると、南朝方の後醍醐天皇は福井県、敦賀にある

気比神宮の収入を軍資金にと、あてにして、新田義貞や皇子

の尊良親王(15歳)と恒良親王(14歳)をおびただしい数の武将

と共に金崎に下向させた。金崎山は三方が海に面していた。

断崖絶壁にあった金崎城は難攻不落だったが、足利方の

高師泰らに取り囲まれ、籠城する羽目になった。六ヶ月の

籠城、彼らを助け、足利方を倒そうという新天皇、恒良親王

の綸旨にも全国から援軍の兵力は集らず、おびただしい

武将や馬の籠城している城内では愛馬や戦死者をも食べ

つくす状態となり、尊良親王らは城内で自刃、ひそかに船

で逃げた恒良親王(南朝の新天皇・14歳)は捕らわれ、京都

で毒殺された。

 いつもがら、霊能者の写真はどこにも霊の気配が

あり浄霊師、神島もごっくん、つばを飲み込む。

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2009年6月11日 (木)

367 宮本武蔵も浄霊師も二刀流

◆15-210610霊能者の写真は不気味。 簡単プロフィール  心霊相談サイト

 熊本県弓削には宮本武蔵の墓がある。例によって

霊能者と浄霊師コンビは心霊探訪に出掛けた。いや、

なに、武蔵の墓が心霊スポットというのではないですよ。

だが、それにしても武蔵の像のあちこちには彼が生涯

に破った武士の顔が出ているような、、ぞ、ぞ、ぞっー!

あっ、ただし、右端の人は霊能者が撮ってる時、入って

しまった実在のおじさんです。武蔵は二刀流で有名だが、

日本舞踊もやる浄霊師も二刀流と言えるかな!?エッヘン!!

 宮本武蔵の「五輪書」は剣の道に生きる者の心得え

を書いたのだが、人生哲学書としての価値も高く、世界

中で評価を得られています。彼がこの書を書くもととなっ

た姫路城は赤松一族の亡霊が出るということで、武蔵

が亡霊と対峙した場面が吉川英治の「宮本武蔵」に

出ています。 

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